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黒四ダムから本流を下る 1 [黒部川釣行記]

「下ノ廊下、水平道を行く」

これは北アルプス黒部川下ノ廊下に行ったときの記録である。
最終的には単独で釣行することになってしまったが、怖いもの
知らずの愚かな行動だったかも知れない。

今でも、強烈な印象で脳裏に焼きついている。
書き溜めていたものを、書き直しながら進めて行くつもりである。

なお、写真と文とは一致していない。目的達成後に順路に合わ
せてカットとして挿入したものである。


kankikou01.jpg

関西電力の換気口

写真の換気口の下に、トンネルがあるらしい。不気味で異様な
感じがした。目的の渓流は、このすぐ近くに位置している。

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ダムから本流を下る 1

重いザックを背負って急な山道を喘ぎながら登った。重いと言っ
ても約30kgだが、私にとっては充分重かった。

60リットル大型ザックには、ハーケンほか登攀用具一式、10㍉
40mザイル、テント、シュラフ、食料、カメラ、釣具一式、自炊用
具一式、アタックザック、衣類、その他を詰め込んでいた。

その重さは、肩に食い込み、立ち上がって調子を整えないとふ
らついて普通に歩けない。しばらく歩き続ければ身体がバラン
スを取ってくれて、なんとか歩けるようになる。

ベテランの登山家が50・60kg を背負って、すいすいと歩いて
いる姿を見るにつけ、そんな「彼等は慣れている」とは思うが、
自分の体力との大きな隔たりを感じる。

 私はそれでも、ザックの中身は必要最少の用具に絞っていた。
苦肉の策でどうしても必要な物だけを撰んだ。
衣類の畳み方も考えて、できるだけ容積を少なく、また、軽くなる
ように同じ用途なら軽い材質のもの、他のもので兼用できるもの
は持たない、食料も少なめ、などの工夫をしていた。

繰り返し挑戦して得た苦い体験によるささやかな知恵である。

振返えれば、今日の山行きは、5度目・5年目・連続5回目の挑
戦なのであった。あるキッカケから「一つの目標」に向かって邁進
する事になってしまったのである。

それはあたかも憑かれたような、引き寄せられるような不思議な
感じでもあった。

sekkei02.jpg
登山道の途中から見える雪渓

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黒四ダムから本流を下る 2 [黒部川釣行記]



私は以前からイワナ・ヤマメの渓流釣りをやっている。
釣りは子供の頃から好きだった。

いろいろある釣りの中で源流の渓流釣りに執着したのは、もともと
山が好きで、山の佇まいのパーツでもある山水草木、土くれの自
然の匂い、野鳥、花、小動物などがかもし出す雰囲気に魅了され
ていた事で、「山」と「釣り」が融合したからなのであった。

今まで各地の小渓流をずいぶん遡行した。好奇心が強いからか、
意識的に同じ渓流を避けて違う渓流を目指した。決まった場所で、
その渓流に行けば多分釣れる事は判っていても、2、3回行く
と興味はなぜか薄れてしまった。

その都度、違う渓流でドキドキして僅かな興奮を覚えながら釣る
のが楽しく、初めて出会う渓流の周りの状況の物珍しさと釣果の
期待で胸がふくらんでいた。

青森、岩手、秋田、宮城、山形、福島、新潟、群馬、栃木、
茨城、埼玉、東京、山梨、神奈川、長野、静岡、富山、石川、
福井、岐阜、徳島の各地を年に僅か数回であるが、その物好きの
食指が動いて釣リ歩いた。もちろん、他の用事で行ったついでに
竿を出した所も含まれている。

なるべく他の釣り人が行かない所、釣りの本や雑誌で紹介されてい
ないような無名の小沢をワザと選んで入渓した。

釣果そのものよりも、結果までのアプローチの長さと期待感に魅力
を感じていて、釣れれば楽しいに違いないが、簡潔に言えば「山紫
水明にどっぷり漬かる事」と言った方が合ってるかも知れない。



kokurobe02.jpg

垣間見る山「小黒部」


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黒四ダムから本流を下る 3 [黒部川釣行記]



釣れるに越した事はない。普通、釣り人は大物・数釣りを第一
目標に釣行する。この辺が自分は少し違っていた。

行く回数も僅かだから当然、釣りは下手だし良い釣果はほとん
ど味わっていない。かといって、執拗に釣りの技術を体得して
「特別に上手になって素晴らしい釣果を得たい」という気持ち
に何故かならないのである。

遡行しただけで、ほぼ満足してしまう。言うなれば釣りながら
気が浮いていた。

山の景色・樹の種類・野鳥・下草の野草・岩や石・苔・キノコや
山菜・その他諸々に注目し寄り道して、方向音痴で釣ったり
している。

その日のテーマソングみたいになった同じ歌を唄いながら、人
が居ないことを素早く見定めボリュームを上げて。
あまり真剣味の無い、いい加減な釣り人なのだ。

少し違うが山歩きでも、有名な百名山を故意に避けて名もない
ような山を物色して今でも時々登っている。釣りの本も山の本
も稀に購入する時もあるが、それは、その本に書いてあるアド
バイスを得る為もあるが、そこに書いてある場所を避けるため
の参考書にもなっている。

たまには、本のアドバイスの通りに行ってみた事もある。
だが、「なるほど、なるほど、、、。」とは感じても、自明の理とい
うか「それで当然」という事で特別に感動しないのだ。

温泉が好きで、以前ある有名な温泉に行った。例の提灯がぶら
さがっている秘湯を売りにしている温泉である。だいたい見当
はついていたのだが、一度は体験してみようと思って何ヶ所か
訪れて入湯した。

確かに天然温泉らしいが、秘湯とは名ばかりで、実情は客が
集中してしまって俗化しているようだった。なるほど、古びた感
じの浴槽は大きくユッタリしていたが、その大きな浴槽に客が
多勢入っていて、まるで四角い木製の炊事用トレイに、大げさ
に言えばジャガイモやナスが浮かんでいるような光景だった。

宿の外観は、それらしい風情を装ってはいたが、「秘湯とは何
だろう?」と改めて考え直す破目になった。温泉、それも鄙び
た(ひなびた)静かな雰囲気の本当の「秘湯」が狙いだが、今
では無理な望みらしい。

例えは悪いが、良くて当たり前、釣れて当たり前、行列してま
でも、行きたくないという事になってしまったようだ。

いつしか自分だけの秘密の釣り場を探索するようになった。そ
の方がよしんば釣れなくても魅力が有って楽しいのである。

ある種の狭い了見と言うか的外れで、わずかに臍がずれているようだ。




黒四ダムから本流を下る 4 [黒部川釣行記]



 先に5年目の挑戦と書いたが、私の目的の場所は、人を寄せ付けな
い残雪の障害が真夏以外は通年有る場所であるという事と、自分の休
日との関係で8月の中旬、唯一1年に一度しか行けない場所であった。

そこは、北アルプス・黒部川本流・下ノ廊下、本流右岸に合流する餓
鬼谷と棒小屋沢との中間点、仙人ダムの少し上流に流れ込む「東谷」
である。

この沢に、虎視眈々とイワナ釣りの狙いを付けたのには訳けが有った。
それはある人物との出会いが発端だった。

当時私はテンカラ釣りに夢中になっていた。テンカラ釣りは、弾力の
ある竿と自分で捲いた毛バリで釣る古来からの職漁師が用いていた釣
法である。



takibi01.jpg 
焚き火でイワナを焼く



 ある時、たまたま目にした釣りの本で、北アルプスを本拠地に嘗て
イワナ釣りの職漁師だったS氏の存在を知った。それには、山の様子、
山での生活、毛バリ釣りの道具、釣り方、イワナの保存方法などが
写真入りで詳述されていた。

実際に釣りを生活の糧としていた人の生き様、その内容には迫力があ
った。それは、当時毛バリ釣りにのめり込んでいた私を捕えて離さな
かったのである。

果して、プロの「テンカラ釣り」とはどんなものなのか、もっと具体的に知
りたくなった。

自分は、一度思い立つと矢も盾も堪らずに行動する癖があって、直接
会ってみたくなり、即実行に移して厚かましくも訪ねてしまったのである。



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黒四ダムから本流を下る 5 [黒部川釣行記]



nagare2.jpg
黒四ダム寄りの本流


S氏宅を訪ねたのは禁漁の後で確か10月上旬だった。場所は、
3.000m級の北アルプスが間近に見える信州の「大町」である。

訪ねた時、S氏は留守だったが奥さんが応対してくれた。
不意の訪問だし失礼かと思い手短に訪ねた訳けをお話して帰ろう
としたが、直ぐ戻るからと親切にも私を引き留めてくれた。近くの
山に松茸を採りに行っていて間もなく帰るからと言う事だった。

「北アルプスは見えるし、広々してて良い所ですね。」「埼玉から
来たんですよ」「畑をやったり、悠々自適で羨ましい」などと、
どうでも良いことを奥さんと話している内に、暫くして奥さんが言
う通りに年配の男が腰に魚篭を携え地下足袋姿で戻って来た。

初対面であったが一見して、その身のこなしと雰囲気から、本にあ
った写真を頭の中でダブらせる必要なく、彼がS氏と判った。

よく見ると腰の篭は魚篭ではなく少し大きめの山菜篭だった。松茸
狩りに、入れ物は魚篭でも良いようなものだがイメージの影響は強
烈である。

S氏が元職漁師という概念による錯覚、私は「釣り」で充満し
ていて瞬間的に腰の篭が「魚篭」に見えたのだった。

奥さんは何かボソボソと阿吽の呼吸で話をしていた。「其処に居る
男がこれこれこういう訳で訪ねてきた。」と言っているらしい。
そして、トーンを上げて、「どうだった?」と言った。

松茸の収穫を確認しているのだ。よく聞こえなかったがS氏は
「ムニャムニャ」。  松茸は採れなかったようだ。



黒四ダムから本流を下る 6 [黒部川釣行記]



hasigo2.jpg

要所要所に丸太の梯子が造られている。毎年点検して
危険な箇所を補修しているらしい。目的の場所へ行く
には、この梯子を攀じ登って通過しなければならない。




 一般的に職漁師というと武骨な人物をイメージすると思うが、
実際は違っていた。

冬は雪原に動物を追い、春から秋には黒部川源流でイワナを釣り、
想像を絶する過酷な自然の真っただ中で生死をかけて生活してい
たのだから、ギラギラした男臭い人物だろうと想像していた。

ところが、お会いしてみると、どことなく上品で鯔背な感じの
人物だった。当時70歳代のその風貌は、思うに「無駄な力を捨
て去った後の穏やかな姿」だったのである。

辛辣でシビアな道を潜り抜けて来た人ほど「当りが柔らかくなる
のかな」と思った。稀に虚勢を張るキツイ感じの人がいるが、多
分、逆の環境で生活していたのかも知れない。


「あなたの著書を読み、自分は以前から渓流釣りをやっていて、
最近テンカラ釣りを始めたがプロの釣りはどういうものなのか知
りたくて、、、。」

最初は不意の来訪者に怪訝な様子だったが、少しの間を置いてか
らS氏は居間に通してくれて、快く応対してくれた。そして、
針の種類、毛バリの捲き方、ラインの作り方、渓流での動作・釣
り方、などの概略を説明してくれたのである。

素朴でシンプルな「仕掛と釣り方」の内容を記憶している。それ
と、この時、思いがけずも「東谷」にイワナが棲息しているらし
き事を耳にしたのである。

 今でも、その時戴いたS氏自作の「毛バリ」と「ライン」
は大切に保管してある。針は、海釣りのカイズ針に茶の鶏の毛を
簡単に捲いたもの、「ライン」は、黒の馬素を撚ったもの、竿は
想像よりも胴調子(3:7位)の、昔の竹竿を忍ばせるような柔
軟な感じで腰の強い(弾力の有るグラスロッド)3m程のものだ
った。

あとで、その時のラインを使ってみると、不思議に良い感じで水
面に毛バリが絶妙に落下して着水する。「よし!それでは」とそ
のラインを見本に、同じような感じのラインを作ってみた。

だが、どうしても同じようには作れなかった。中空の馬素とプラ
スチックの糸とでは、やはり違うらしい。

私は、自分の仕掛けや今までの経験、釣り場、その他をS氏
にかいつまんで話した。そしてその時、S氏が独り言のよう
に 「昔、ダム下の"東谷"に結構イワナが居たな、、、。」

S氏の言葉や一挙手一投足に注目している私が、これを聞き
逃すはづはなかった。


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